アカ、カチン、フモン、ラフ……様々な人々が独自の社会を築いたインドシナ半島の奥地、ゾミア。この深い山中の民族文化や生業は、国家を回避するための戦略だった。世界の自由民たちが息づくグローバル・ヒストリー。本書のテーマはシンプルかつ深遠だ。スコットは言う。「原始的」な民族は、わざわざ、そのような生活習慣を選ぶことで、国家による束縛を逃れているのだ、と。彼らが、焼畑に根菜類を植え、文字を使わず口承で伝え、親族関係を自由自在に変化させる文化を発達させてきたのは、権力からの自由と自治のための戦略だった、というわけだ。さらにスコットの眼差しは、全世界に広がる。アメリカ大陸の逃亡奴隷によるマルーン共同体、ヨーロッパのロマ、ロシアのコサック……彼らの社会の成り立ちのなかにも、課税や奴隷化を逃れ、自由を希求する構えが読み込まれていく。国家による管理の無力さを一貫して追及してきた政治学者・人類学者による、壮大なスケールの〈もうひとつの国家論〉。「ゾミアは、国民国家に完全に統合されていない人々がいまだ残存する、世界で最も大きな地域である[…]険しい山地での拡散した暮らし、頻繁な移動、民族的アイデンティティの柔軟さ、千年王国的預言者への傾倒、これらすべては、国家への編入を回避し、自分たちの社会の内部から国家が生まれてこないようにする機能を果たしてきた[…]国家形成から逃れた人々の歴史抜きに、国家形成を理解することはできない」(本文より)■著者ジェームズ・C・スコット(James C. Scott)1936年生まれ。イェール大学政治学部・人類学部教授。全米芸術科学アカデミーのフェローであり、自宅で農業・養蜂も営む。東南アジアをフィールドに、地主や国家の権力に対する農民の日常的抵抗論を学問的に展開した。ウィリアムズ大学を卒業後、1967年にイエール大学より政治学の博士号を取得。ウィスコンシン大学マディソン校政治学部助教授を経て、1976年より現職。2010年には、第21回福岡アジア文化賞を受賞。